EUの新クリプト規制(MiCA Regulation)について
海外のクリプト規制の概要を抑えておく意義
下記は、クリプトロイヤーであるガブリエル氏のツイートの内容を日本語でまとめたものです。
今後3-5年後には、クリプト関係の活動の多くが明示的なルールによって規制されると考えられる。しかし、一部の地域での取引所(CEX)やステーブルコインに対する規制以外の多くの分野においては、今後の見通しが不透明である。
プロジェクトはそのような中でも開発を止めることができない。そのため、現在開発しているプロダクトがレギュレーションにより成功を阻まれるリスクが存在する。
将来のレギュレーションが明確にない中で開発を進めなければならない状況下では、直ちにその法律の適用が問題にならなくても、世界や主要な地域のレギュレーションの概要とトレンドを抑えておくことには上記のリスク管理のために意義があると考えます。(規制やプラクティスが固まった分野であれば専門家に全部任せることもできるが、そうではないクリプトの分野においては、専門家に相談しつつも上記の意味で事業家が広く浅い知識をもって自らリスク判断することが求められるという意味。)
EUのMiCA規制は、5億人を超える人口を抱えるEU地域のルールとなるというだけでなく、主要地域の先進的な取り組み事例として他の国・地域の立法や政策形成において参照される可能性が高いと考えられます。
以下においては、規制全体の概要とある程度の細部であってもポイントと考えられる箇所に限ってご説明させていただきます。
本稿執筆時点の5月29日での規制の最新版はこちらになります。
形式上の特徴としては、規制の本文の前に、規制の前文(Recitals)として規制の目的の宣言や補足説明がなされており、規制本文と同じ法的効力はありませんが、最も重要な資料として解釈時に参照されると考えます。前文と本文を併せれば580ページもありますが、前文は76頁であり、英語に抵抗がない方でMiCA規制を深く理解されたい方は、上記規制の最新版の前文(特に前半の総論部分)を一読されることが良いかもしれません。
また、MiCA規制については、すでにEUの弁護士等による英語での解説が多くなされており、その一部を末尾に参照資料として挙げさせていただきました。
MiCA規制とは
MiCA規制の「MiCA」は、Markets-in-Crypto-Assetsの略です。
MiCA規制が起草された背景としては、既存の金融規制をクリプトに当てはめることの困難が認識されたこと、また、既存の金融規制によってはどうしてもカバーできない範囲においても消費者保護、市場の公正さの確保が必要と認識されたことにあるとされています。また、EU共通の規制とライセンス制度を導入することにより、各国ごとの規制をクリアする負担を除去することも理由と考えられています。
日本のように支払手段になりうる性質に着目したものではなく、また、USのように証券かコモディティかという従来のロジックの延長で議論しようとするものでもなく、現実世界においてクリプトのマーケットが形成され、取引の対象になっていることを正面から捉えた規制であると理解できます。
施行時期は、後述のasset-referenced tokenとe-money tokenに関する部分は2024年中盤、その他の規定は2024年末頃が予定されています。前文において関係機関に対して明示的にガイドライン等の作成が指示されている分野もあり、現時点では明確ではない事項については施行時期までに明確化されることが期待されます。
MiCA規制におけるアセット分類
アセット分類の考え方の枠組み(上記図の通り)
MiCA規制が適用されうる範囲を画する最も広い概念として、MiCA規制の中で「crypto-assets」が定義されています。
その上で、crypto-assetsには該当するがMiCA規制が適用されない類型(適用除外)が指定されています。その中には、大きく分けて、従来の金融規制によってカバーされるためMiCA規制は適用されないという金融商品の類型と、従来の金融規制が適用されるか否かに関わらずMiCA規制が適用されないNFTの類型があります。
さらに、MiCAの規制が適用されるcrypto-assetsの中で、①e-money tokens(一つの通貨にペグするトークン)、②asset-referenced tokens(一つ又は複数のアセットの価値にペグするトークン)、③(e-money tokensにもasset-referenced tokensのいずれにも該当しない)その他のcrypto-assetsの3種類に分類されています。
その他のcrypto-assetsは、さらにutility tokensとそれ以外の二つに分類されます。
上記の通り、MiCA規制の適用対象となるか、適用対象となる場合にどのような規制が適用されるかを判断するためには、(i) crypto-assetに該当するか、(ii)crypto-assetsのうちMiCA規制が適用される類型に該当するか、(iii)e-moneyやasset-referenced tokenに該当するか(i.e. 該当しなければ、その他crypto-assetに該当することになります。)の3つの問い(さらに、その他crypto-assetsに該当する場合には、必要に応じてutility tokensであるか否か)を順番に検討していくことになると考えられます。本稿でも、この順序で若干の説明を加えていきたいと思います。
Crypto-assetの定義
Crypto-assetは、「価値や権利のデジタルを表章するものであり、電子的に移転可能性及び保存可能性を有するもので、分散台帳又は類似の技術を使用するもの」(digital representation of a value or a right, which may be transferred and stored electronically, using distributed ledger or similar technology)と広く定義されています(Article 3-1 (2))。
なお、Crypto-assetには、BTCやETHも含まれると解されています。
この定義に該当しないと言えるブロックチェーン上のトークンは、いわゆるSBTなど技術的に譲渡が困難なもの程度であり、crypto-assetsの概念は広い範囲を捕捉するものであると言えます。
NFTも、譲渡が可能である限り、crypto-assetに該当することになります。ただし、一定の条件を満たすNFTについては、後述のようにMiCA規制の適用が除外されます。
MiCA規制の適用除外
NFT
MiCA規制は、固有(unique)かつ、not fungibleなcrypto-assetsに対しては適用されないと規定されています(Article 2-3)。これは、大きな判断であると考えます。消費者保護と市場の公正さ確保を正面から立法趣旨とするのであれば、一応一点物と言えるアートNFTもマーケットで取引されている実態を認めて規制対象にするという判断も理論的にはありうるところであると個人的には考えられますが、NFTにMiCA規制が適用されないことが規定の本文レベルで規定されています。ただし、uniqueかつnot fungibleであるか否かは、プロジェクトがどのように考えているかではなく、客観的・実質的に判断されると説明されています。
従来の金融規制が適用されるもの
既存の金融規制( existing financial services legislation)が適用される金融商品(financial instruments)に該当する場合は、MiCA規制は適用されず、既存の金融規制が適用されます。そのような類型として、金融商品(financial instruments)、デポジット、ファンド等がArticle 2-4に列挙されています。
3. crypto-assetの3類型
electronic money token / e-money tokenとは、単一の法定通貨の価値を参照することにより、安定した価値を維持しようとするトークン(a type of crypto-asset that purports to maintain a stable value by referencing the value of one official currency)と定義されています。すなわち、単一の法定通貨にペグしたステーブルトークンがこれに該当し、オンチェーンやオフチェーンの裏付資産の保有によるか、アルゴリズムによるか(前文(41))等の価値を維持する仕組みは問われていないと考えられています。
asset-referenced tokenとは、electronic money token以外の暗号資産であり、ある価値や権利、または複数の価値や権利の組み合わせを参照することにより、安定した価値を維持しようとするトークン(a type of crypto-asset that is not an electronic money token and that purports to maintain a stable value by referencing another value or right or a combination thereof, including one or more official currencies)と定義されています。すなわち、複数の法定通貨のバスケットにペグするトークン等がこれに該当します。
規制される主体や行為
規制対象とは、自然人と法人の双方を含む主体とされています(Article 2-1)。この点、DeFi等の文脈で、Decentralizedなプロジェクトのトークン売出し等について、規制される主体が存在しないのであるから金融規制は適用されないという考え方があります。この点については、前文(22)において、クリプトアセットサービスがいかなる中間者もなく完全にdecentralizedな態様で提供される場合、そのようなサービスはMiCA規制に服さない(Where crypto-asset services are provided in a fully decentralized manner without any intermediary, they should not fall within the scope of this Regulation)と説明されています。法律の文脈で「fully」という用語は、通常、相当高い程度の達成度を意味するものであり、この要件が厳しく判断される場合には、発展途上のブロックチェーン・プロトコルがこの要件を満たすことが困難になると懸念されています。今後のガイドラインや事例の積み重ね等により議論がなされることが期待されます。
Crypto-asset serviceのライセンスが必要な行為
crypto-asset serviceの範囲は、Article 3-1(16)に列挙されています。カストディ、取引所、交換などに加え、crypto-assetの発行者や発行者の関係者を代理しての当該crypto-assetのマーケティング、crypto-assetsに関するアドバイスの提供、ポートフォリオマネージメントの提供も含まれています。条文のみからはどこまで含まれるか明確に分からない部分があるものの、かなり広範囲の行為を含むと考えられ、ガイドラインによる明確化が待たれるところです。
Crypto-Assetの発行者の義務
• 投資家の情報提供と保護を目的とした詳細なホワイトペーパーの作成(小規模な発行者とユーティリティトークンは除外)。
ホワイトペーパーには、プロジェクト、提供者、リスク、使用されるDLT技術(Distributed Ledger Technology)の環境影響についての情報を含めること。 なおコンセンサスメカニズムを含めた環境評価についても記載しなければならない。
• 公開前の少なくとも20日前にホワイトペーパーを適切な機関に通知すること。
• 重要な変更がある場合はホワイトペーパーを更新すること。
• 正直で、公正で、プロフェッショナルに行動すること。
• 暗号資産保有者との間で、公平、明確、かつ誤解を招かない方法でコミュニケーションを取ること。
• 発生可能性のある利益相反を防止し、特定し、管理し、開示すること。
• 効率的な管理の手続きを維持し、全てのシステムとセキュリティアクセスプロトコルを適切なEUの基準に保つこと。
• 暗号資産を購入するすべてのリテールの保有者に撤回の権利を付与し、14日間のカレンダー日を設けて、その資産の購入契約を無償で撤回する期間を提供すること。
• 暗号資産保有者の最善の利益のために行動すること。
• 提供中に集めた資金を監視し、保護する効果的な措置を設けること。
• 暗号資産の提供が何らかの理由でキャンセルされた場合、提供者は購入者から収集した資金をキャンセルの日から25日後までに返還することを確認しなければならない。
• 暗号資産のマーケティングのためのコミュニケーションは明確に識別可能であるべきであり、公平で明確で誤解を招かない情報を含むこと、そして適切な機関に通知すること。
今後について
冒頭でご紹介した採択されたバージョンでおおよそ内容は最終化したとのことですが、2023年6月にマイナーチェンジが予定されているとのことです。
また、現在のバージョンには、Article 123にTransitional and final provisionが規定されており、一定の時期までに既に売出しがなされているassset-referenced tokens とe-money tokensを除くcrypto assetsに関しては、一部の条項が適用されないとされています。この取り扱いの有無を画する基準時については2023年5月時点では決定しておりません。
参考資料
Blockchain for Europe, Markets in Crypto-Assets (MiCA) Regulation
PATRICK HANSEN, MiCA's impact on the EU crypto industry and beyond
Laura Douglas, THE DEVELOPING REGULATORY LANDSCAPE FOR CRYPTOASSETS IN THE EU AND UK(THE INTERNATIONAL JOURNAL OF BLOCKCHAIN LAW Volume 5 22頁、2023年3月)
Jonathan Galea, “Is a crypto exchange under MiCA always responsible for the token-related whitepaper?” (2023年2月)